自堕落な僕の休日【二箱目の煙草】

一場面小説

自堕落な僕の休日

日曜日の朝。
と言っても時計はもう正午近くを指していた。

僕はベッドに寝転がったまま、ぼーっと天井を眺めていた。

くわえた煙草の先から紫色の煙りが真っ直ぐに天井の方へ上がっていく。
微かに揺れながら上がっていく煙りの行方を視線で追いかけながら、くわえた煙草の煙りをゆっくりと吸い込むと煙草の先がオレンジ色に発色した。

吸い込んだ煙りは喉の奥を適度に刺激する。
僕は肺の奥に溜め込んだ煙りを、煙草をくわえた口元から静かにそっと吐き出した。

「またベッドで吸ってる!」

そんな君の怒鳴り声ももう聞こえてこない。
果たして、あれからどれくらいの時間が過ぎ去ってしまったのだろうか。

僕は煙草の灰を落とさないようにゆっくりと寝返りを打ってベッド横に手を伸ばし、テーブルの上に置いてある灰皿に煙草の灰を落とした。
スチール製の平たい灰皿には、積み重なった煙草の吸殻が小さな山を作っている。

締め切った部屋には煙草の煙りが霧のように漂っていた。

ベッド横のカーテンの隙間から陽射しが僅かに差し込み、部屋に立ち込める煙草の煙りに反射しながら、君のお気に入りだったクッションにスポットライトのように明かりを向けていた。

射し込んだ陽射しから、きっと外は快晴だろうと容易に予想が出来た。
けれども、どこにも出掛ける気分にはなれなかった。

もともとインドア派の僕。

休みの日には、大抵一日中ベッドでごろごろと過ごしていることが多い。
お気に入りの音楽を聴いたり、好きな本を読んだり、一日中だらだらと横になって過ごすのが僕の休日の過ごし方の定番だった。

食事もお腹が空いたときに摂る。

きっと仕事とかしてなければ、平日もそんな感じになって、僕は簡単に引きこもりになってしまうだろう。
それくらい自堕落な休日生活を送っていた。

君がそんな僕の部屋を訪れるようになったのは、いつ頃からだっただろうか。
もう詳しくは覚えていない。

君との出会いどんな出会いだったのかさえ忘れてしまっていた。
確か終電に乗り遅れて困っていた君に付き合って、オールナイトの映画館で朝を迎えたことだったかも知れない。

いや違う。
冷たい雨が降る日、駅前で途方に暮れていた君に、無理やり傘を手渡したことだったかな。

いやそれも違うか。
どうやら僕の記憶の中から、その時の思い出は薄れてしまっているようだ。

「ほら、今日はいい天気だから、お布団干すわよ」

君はいつの間にか僕の部屋に顔を出すようになっていた。
休日の朝、まだ眠気のとれない僕の布団を剥ぎ取り、流しに溜め込んである食器を勝手に洗ってくれるようになったいた。

布団を剥ぎ取られベッドの上で猫のように丸くなる僕を尻目に、君はさっさと布団を持ってベランダに向かっていく。
ベッドで丸くなる僕の頭の中で「押し掛け女房」と言う言葉が何度もリフレインしていたっけ。

「せっかくの休みの日くらい」
「ゆっくり寝かせて欲しいんだけどさ」

君は僕のぼやきに聞く耳を持たず、ベランダに干した布団をパンパンと叩く。
そんな君の後ろ姿だけは、なぜだか記憶に鮮明に残っていた。

ベランダ側のカーテンを開くと、お気に入りの曲を口ずさみながら洗濯物を干している君の姿がふと甦る。
そんなことが今でも幾度となくあるんだ。

面倒くさそうに文句を言いながら、それでもそんな強引な君を、不思議と受け入れている自分が確かにいた。

「晴れた日は、煙草の煙りなんかより」
「外の空気をいっぱい吸った方が何倍も気持ちいいんだから」

そう言って、出不精な僕を色んな所に連れ出してくれたのも君だった。

蒲公英が生い茂る河川敷き。
菜の花が一面に咲く野原。
都心部では珍しい真っ白な砂浜の広がる海。
夜景のきれいな高台の公園。

そんな場所に君は僕を何度も連れ出した。

そこは決して有名な名所なんかじゃなかった。誰もが見逃しそうな、日常の中にある少し寂れた場所がほとんどだった。
それでも君は、自分の見つけたお気に入りの一等地を自慢気に案内してくれた。

君の連れていく素敵な場所ももちろんだったけれど、でも何よりも嬉しそうに微笑む君の笑顔やはしゃぐ姿に僕は随分と癒されていたんだ。

川のせせらぎの音や鳥の囀ずり、
夕焼けの空のグラデーション、
雨上がりの黄昏色の空、
木洩れ日に照らされる公園のベンチ。

日常の雑踏の中で見逃してしまうことがいっぱいだった。

季節の移り変わりを教えてくれたのも、
名も知らない雑草のような花の名前を教えてくれたのも、
雨の降る前の空気の匂いを教えてくれたのも、

そして、いつもつまらなそうな顔をしている僕をいつしか笑顔にしてくれたのも、
いつでも君だった。

君がいなくなって僕を連れ出してくれる相手はいなくなった。

当然だけど僕は君に出会う前の生活に戻った。
いや。君に出会う前にも増して部屋に籠ることが多くなってしまった。

部屋の中は散乱して、足の踏み場がなくなる。食事も疎かになって洗い物もシンクいっぱいに溜まっていた。
煙草の匂いの漂う部屋の中には、ビールの空缶が幾つも転がっているし、ベッド横のテーブルにも片付けられない飲みかけの缶ビールが何本が残っている。

休日の前の日は部屋に籠り一人で飲むことが多くなっていた。

もちろん翌日の休みの日も変わらず閉じ籠り、こんなにいい天気なのに一人でベッドに寝転がり煙草をふかしながら無駄に無意味な時間を過ごす僕。
僕はベッドサイドに腰掛けて、根元まで吸った煙草をテーブルの上の灰皿でもみ消した。

二日酔いだろうか、少しだけ頭が痛む。
僕は枕元に転がっていた煙草の箱から残った一本を取り出し火を点けた。

「せめて一日一箱にしてね」

ふと君の声が聞こえた気がした。

 

 

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