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僕は子供らにとって、今でもヒーローでいられているのだろうか?

読書の時間

僕の息子が小さい頃から大切にしていた絵本。

この前息子の部屋に入ったときに、彼の部屋の本棚の隅にある絵本に気が付いた。カバーも破れかけて、表紙の色もかすれた絵本だったけれど、大切に本棚に立ててあった。確かこの絵本は、彼がまだ3歳くらいのときに僕の父親が誕生日のプレゼントか何かに息子に買ってあげたものだ。

今ではもうぼろぼろになった絵本。

息子がまだ小さかった頃、彼を膝に乗せて、何度も何度も読み聞かせさせられた記憶がある。
まだ小さかった彼は、絵本の内容よりも挿絵の方に興味があって、僕がそのページを読むより先に、次のページ、次のページと絵本をめくっていた。

寝る前に「今日は何のご本を読んであげようか?」そう聞くと、何冊もある絵本や本の中から。意気揚々と必ずこの絵本を持参してきて僕の膝に座った。

その絵本はこれ。

【おとうさんはウルトラマン】

【帰ってきたおとうさんはウルトラマン】

何度も何度も読み聴かせて、色褪せてしまっていた絵本。

 

なんだ息子のやつ

まだこんな絵本を大事にしてたのか。

 

その絵本を僕の息子は「バイブル」だと照れながら言った。

 

「なんだ、まだこの絵本持ってるのか」

本棚からカバーも破れた絵本を取り出し、座り込んで懐かしさに浸りながら頁を開く。何となく膝の上に小さかった息子の重みを感じるような気がした。
いつのまにやら僕は、もう数十年前にタイムトリップしたように、絵本を一緒に眺めながら小さな指で挿絵のウルトラマンをなぞる息子を思い出していた。

今では生意気な口を利く息子もあの時は確かに可愛かった。

「何してるの?」

絵本を眺めている僕に息子が声を掛けてきた。

僕は絵本を指さして、

「この絵本、まだ持ってたんだな」
「お前の小さい頃を思い出してしまってたよ」

そう息子に返事をする僕。

すると息子は、少し恥ずかしそうに、

「それ、その絵本は俺のバイブルだから」

そう答えた。

「だからさ、俺に男の子が生れたら」
「とーさんから、その絵本を孫にプレゼントしてくれよ」

 

バイブル、なのか?

 

父親は子供らのヒーローでなくてはいけない。

持論ですが。
父親は子供ら、特に男の子にとってはヒーローでなくてはいけないと思います。
子供らを自分の背中をみせて育てていきたいと、僕はまだ若い頃から考えてました。でもそれが実践できているかはわかりませんけどね。

父親の頑張る姿をウルトラマンにリンクさせたこの絵本。

思いっきり父親をよいしょした感じの絵本なので、読み聞かせしながらこっ恥ずかしくなるお父さんもいることでしょう。
でもね僕は思います。この絵本は内容よりもタイトルじゃないかと。

子供らにとってお父さんはウルトラマンのようなヒーロー的な存在でなくてはならないということを訴えたいのではなかろうかと。
それは別にウルトラマンじゃなくてもいいんです。

仮面ライダーでもスーパー戦隊でも、スーパーマンでもスパイダーマンでも。

ただ子供にとって父親はヒーローでなくてはいけないんだと、僕はこの絵本を読み聞かせながら思っていました。

 

そして息子のヒーローであり続けたい。
幼い息子を膝に抱えながらそう決意表明していた頃があったのを思い出した。

きっと、息子にこの絵本をプレゼントしてくれた僕の父親は、子供らの父親である僕に対しても、そして、僕の子供らに対しても、父親という存在は、子供らにとってヒーローでなければならないんだよ、ということを伝えたかったのかと思ったりした。

 

男の孫が出来たら、

「はじめてのおとうさんはウルトラマン」

この絵本を贈ろうと僕は考えている。

 

 

 

コメント

  1. こみゅ より:

    「父親は子供にとってヒーロー」
    うちの子供にもぜひ読ませてみたいと思います。ステキなお話のご紹介ありがとうございます。

    • ひでじ ひでじ より:

      こみゅさん、コメントありがとうございます。

      子供らのヒーローであるべくずっと頑張ってきましたけれど、果たしてヒーローになれていたかどうかは疑問ですね。
      それは子供らのみぞ知る。