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寝入った子供と、起きている子供の体感重量の差は3~5キロほどあるのではないだろうか。

回顧録

お出掛けの途中で、娘が眠りこけてしまう事態が発生。

僕は桜と幹を連れてよくお出掛けをしていた。遠方なら車でだったけど、買い物などは、商店街まで散歩ついでに歩いて出掛けることも多かった。

幹をベビーカーに乗せて、桜の手をつないで。
幹がまだしっかりと歩けない時期だったから、たぶんその頃は、まだ父子家庭にはなっていなかった。
けれど、特に休みの日は、主婦の休日という考えを僕は持っていたので、日曜日などは、妻を休ませる意味で、子供らを引き連れ三人で出掛けることはよくあった。

三人で歩いて出掛ける時は、買い物は最後にちゃちゃっと済ませることにして、おもちゃ屋さんや本屋さんなど、子供らが楽しめる店を順番に回ることが多かった。

別に何か買うわけじゃなかったが、おもちゃコーナーで子供らの喜ぶものや好むものに目星をつけて、何かのときにプレゼントできるように、記憶の中に子供らのプレゼントリストをつくったりしていた。

その日も散々子供らを連れまわす。
これだけ連れまわしておけば、夜はぐっすりと寝てくれるし、僕も散歩疲れでゆっくりと爆睡できる。
散歩がてらのウインドウショッピングを済ませ、夕食の食材や日用品の買い物を済ませ、いざ家路に付こうとしたところでハプニング。

 

やばい、桜が、

歩き疲れてしまったようだ。

 

片手でベビーカーを押し、片手で娘を負ぶって歩く。

その日に限って上の子の桜が、急に眠気を訴え始めた。

え?

まだ、帰り始めたばかり。
自宅に帰りつくのには40分から50分ほどかかる地点だ。「桜、もう少し頑張って歩こ」そう声を掛けて桜を励ますが、手を繋いで歩く桜は歩きながらもうとうとし始めた。

そして、とうとう座り込んで寝てしまった。

これはどうしたものか。
今なら携帯で電話して迎えに来てもらったりと、簡単に連絡がとれようはずだが、当時はまだ携帯の普及はなく、ポケベルさえも一般化されてない時代。

外出先での連絡方法といえば、公衆電話しかないのだ。

だから、どこの家庭でも子供らだけで出掛けるときは、必ずテレホンカードを所持させるという手法が主流だった。(たぶんこの内容で僕の歳がバレてしまいそうだが)

まずい。

近くに公衆電話は見つからない。
かといって、桜を道端に寝かせたまま、公衆電話を探しにいくことも出来ない。
この状況で取るべき方法は一つ。ベビーカーに乗せている幹(軽い方)を抱っこして、少し手狭になるが、桜をベビーカーに乗せていくしかない。

ところが、どっこい。

なぜか、なぜか、その日に限って、すでに幹はベビーカーの中で爆睡中。
気持ちよさげに寝ている幹を抱っこに替えると、不機嫌に泣き出してしまう可能性が大だ。
泣きじゃくる幹を抱っこしながら桜の乗ったベビーカーを押すのはハードだ。

仕方ない。
ここはやはり、桜を負ぶって、ベビーカーを押すしかない。

僕は道路にへたり込む桜に「おんぶするからおいで」と声を掛け、寝ぼけ眼で僕の背中に身体を預ける桜を負ぶって立ち上がった。

 

これ、意外ときつい。

 

僕は修行のつもりで、自宅への30分を歩き抜いた。

普通に負んぶするなら、30分だろうが1時間だろうが、それほど苦にはならない。
だけど、起きて抱っこや負んぶをしている子供と、寝てしまって負んぶや抱っこをしている子供の体感重量の差はかなり大きい。

子供を抱っこした方ならおわかりだろう。
抱っこしていたり、負んぶしているときに、子供が寝入った瞬間に急にずっしりと重くなる感覚を。きっと体感重量の差は3キロ~5キロはあると思う。

そんなわけで、片手はベビーカーだから、もう片手で桜を負んぶするしかない。しかも寝入った桜は僕の首にしっかりと掴まってくれるわけでもなく、僕の背中というベッドにうつ伏せに寝ているだけだ。僕が身体を少しでも起こしたら背中からずり落ちてしまう。

僕は少し腰を屈めた前傾姿勢のまま、自宅への道のりを一歩、また一歩と背中に寝ている桜を落とさないように歩いた。

僕の頭の中では、

 

映画「少林寺」のテーマソングが、

エンドレスで流れていた。

 

そして翌日。

僕が腰から背中に掛けて湿布だらけで仕事に出掛けたのは、言うまでもない。

当時僕が住んでいたところは、小さな街だった。だから、買い物で街中を歩けば職場の誰かの目につくことは少なくなかった。
「昨日、娘さん負ぶって歩いてましたね」
筋肉痛で身体を強張らせながら出勤する僕に、職場の同僚がそう声を掛けた。

 

見掛けたんなら、
声くらい掛けて助けてくれよ。

 

その日、湿布くさい僕は職場のみんなに避けられていた。

 

 

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