スポンサーリンク

僕が離婚届を書こうと決意した日のこと。

回顧録

僕は離婚間際に妻の実家へ挨拶に行った。

僕は出張中に妻に離婚届を提出されてしまったが、その前から妻に男がいることは、その行動からも明確だった。

子供のことを放っぽり出して、夜な夜な出掛ける状態から、子供の為にも、そしてもちろん僕自身のためにも離婚が最善の選択だということはわかっていたけれど、本当にそれが正しいのか、子供らから母親を奪うことを善としていいのか、葛藤していた。

結果的に僕は離婚届を書き、妻を子供から引き離す決断をした。

 

僕が「赤の他人」を追い出したのは、子供の運動会の前日だった。
子供らの母親かと思うと別れた妻を追い出せなかった。 離婚届けを出し、赤の他人になった別れた妻だったが、引っ越し先が見つからないからと同居を続けていた。同居を続けるんだから、家事とかもそのままやってくれるかと思っていたが、 ところがど...

 

離婚届を出した後もなかなか家から出て行かない妻を運動会の前の日に追い出したことは以前ブログに書いたとおりだ。

僕は律儀な性格だったから、離婚届を書く前に、妻の両親と祖母にはしっかりと挨拶しておかないといけないと思い、妻の実家へ足を運んだんだ。
妻(義理の両親からしたら娘)から離婚を切り出されていること、子供らのためにもやり直しに何度も挑戦したが、それも難しい状況だということを説明し、妻の気持ちが戻ることはなさそうだから、近いうちに離婚することになるだろうと、妻の両親に伝えた。
添い遂げることが出来なくて申し訳ないと謝罪した。

妻の両親も少しだけ話を聞いていたようだったが、さすがに男の存在があるということは聞かされていない様子で、妻から僕に対するクレームばかりが伝えられているみたいだった。

こういうところに注意したら復縁できるんじゃないか、努力が足りないんじゃないか、もっと妻の話に耳を傾けるべきだ。などなど。
まるで離婚の原因が僕にあるかのような妻の両親からの説教めいた話を延々と聞き続けた。
僕にも言い分もないわけじゃなかったが、いまさらと思い、妻の両親からの的外れな話にも反論はしなかった。

子供らをお前一人で育てられるわけないだろ。

子供らを僕が引き取ることを話すと、彼らは、
「お前一人で幼い子供二人を育てられるわけないだろ」
と、頭ごなしに言ってきた。

出来るかできないかなんて、誰にもわからない。
それでも男に現を抜かしている妻に任せられるわけはなかった。この人たちと話をしても無駄だと思いながらも、僕は経済的にも生活的にも僕が育てることが、子供らにとって最善であることを説明した。
妻の両親は納得している様子はなかったが、じゃあ誰が子供らの面倒をみるんだよ。

社交辞令ではあったが、僕と妻は別れて他人になってしまうかもしれないが、子供らは、あなた方にとって孫には違いないので、遊びに来たときには可愛がって欲しいことだけ伝えて実家を出た。
僕はそれっきりこの実家に足を踏み入れることはなかったので、子供らを可愛がってくれと言った言葉は、本当に社交辞令ということになった。

なるほど、僕が何も言わないことをいいことに、いつのまにか妻の身内らには離婚の原因が僕であることの根回しがなされていた。

馬鹿らしい。

僕は怒りを通り越して呆れてしまった。
僕は子供らを育てるのは僕しかいなくて、僕が育てることが、最善の選択であることを改めて感じた。

ちちといる方が楽しいんだよ。

その夜、幹を寝かしつけたあと、桜と一緒に明日の学校の用意をしながら聞いてみた。

「もし、ちちとお母さんとどっちかがいなくなったら」
「桜はどうする?」

小さな子供にそんな質問するなんて、最低だなと思いながらも、黙々と学校の準備をする桜からの返事を待った。
すると桜は、

「桜はちちといる方が楽しいんだよ」

小さな声でそんなふうに囁いてにっこり笑った。

僕はランドセルに明日使う教科書やノートを仕舞い、準備OKのサインをする桜をぎゅっと抱きしめて、いつもは幹に添い寝してあげていたが、その夜は桜の隣で横になった。
僕の手を握りしめて眠りに付いた桜の寝顔を眺めながら、

僕は離婚届を書くことを決意した。

それが子供らにとっても幸せの一歩なんだと思った。

 

コメント