離婚という名の家庭崩壊は、ある日突然やってくるかも知れない。

回顧録

現在は3組に1組は離婚する時代になっている。

現在日本は、夫婦の3組に1組が離婚する離婚大国だと言われている。

この割合はその年の婚姻件数を分母に離婚件数を分子において算出され、例えば、2017年の婚姻件数は606,866件、離婚件数は212,262件(厚生労働省人口動態総覧の年次推移より)となっていることから、その年の婚姻件数に対する離婚件数は34.98%となり、概ね3組に1組が離婚すると解されている。

但し、分母となる婚姻件数が2017年のみの件数であるのに対し、離婚件数は2017年だけではなく、その年よりも前に結婚した夫婦がこの年に離婚した場合も件数も含まれていることから、こんな風に「夫婦の3組に1組が離婚する」というような解釈がなされてしまうわけで、この割合だけを見てみると、周りがみんな離婚者だらけじゃないかと思ってしまったりする錯覚を起こしてしまう。

僕が離婚したのは、もうずいぶん前のことだが、その年の婚姻件数は762,028件、離婚件数は250,529件となっているから、僕も32.88%の中に入り、

 

やはり、3組の中の1組という離婚件数に数えられていたということになる。

 

父子家庭になるなんて思ってもみなかった。

僕は20代後半から父子家庭という時間を過ごした経験がある。
もちろん記事タイトルのように、突然の離婚により父子家庭になったというわけではなく、そこに至るまでは紆余曲折あったわけで、仮面夫婦生活だったり、家庭内別居だったりのような期間を経てのことだった。

あの頃は必死で過ごしてきた時間だったけど、いまその時をゆっくりと振り返りる時間ができたことで、ブログにその時の気持ちを少しずつ綴ってみようと思う。

将来、離婚するんじゃないだろうかと考えて結婚する方はどこにもいないだろう。
自分たちの幸せな将来、そして子供が生まれたら、その子供たちの幸せな未来を望みながら夫婦生活を続けていくはずだ。
もちろん僕も、そうだった。間違いなくそうだった。
まさか自分が離婚して父子家庭生活を過ごすことになるなんて、結婚するときは、そんなこと想像すらしていなかった。

どこかで狂った歯車はなかなか矯正できず、

 

そして離婚という結果と父子家庭という道に僕を歩ませた。

 

 

離婚の原因を作ったのは本当は僕かも知れない。

僕ら夫婦の離婚を決定づけた法定事由は明瞭たっだが、果たしてそのきっかけが何だったのかは未だにわからないままだ。当時の妻が僕と別れたいと申し立てた色んな理由も、単なるこじつけにしか聞こえなかったことは確かで、離婚に至った理由は、結果的には妻の過ちと呼ばざるを得ないものであった。
ただ、その原因を作ったのは、もしかしたら本当は僕だったのかも知れないとも思ったりする。

もちろん離婚の原因はどちらが悪いという一方的なものは少なく、双方の小さな、そして些細な不満が積み重なって、家庭内を蝕んでいくものだと考えていたから、一方的に別れた妻に離婚に至った全責任を押し付ける気持ちはさらさらない。
だから僕は、離婚するときも、離婚した後も、僕の両親や兄弟姉妹、そして子供らにも別れたの妻の悪口や愚痴を漏らすことはなかった。もちろん本人を責めるような話しもしたことはない。

そんな僕の態度を「お人好し」だと笑う友人も少なくなかったが、でも、別れたとはいえ、一度は「夫婦」となった相手を、手のひらを返すように悪者扱いすることを僕は良いことだとは思わなかったし、子供らに母親の悪口や愚痴をぶちまけるような父親でありたくはなかった。

 

逆に別れた妻は至るところで僕の悪口を振れ回ったようだったけどね。

 

 

責めることはなくても許せないことはある。

前の段落にも書いたように、僕は別れた妻について、悪口を言うことも愚痴ることもないし、別れた妻を責めることだって、未だにしたことはない。
それは別れた妻を愛していたからとか、好きだったからとか、そんな恋愛感情からの考えではないし、ましてや「男の美学」だなんて格好つけた考えでもない。

離婚が決まる前ならいざ知らず、決まってしまったのなら、愚痴や不満なんて言う必要なんてないってくらいの軽い理由なのかも知れない。

ただ、これだけは言える。
子供たちを残して、母親としての立場を捨てた別れた妻を許すことは、

 

僕には絶対にありえない。

 

 

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