父子家庭の家庭料理は、手抜きと相場が決まっているのか。

回顧録

手抜き料理をしようとしたら、娘から指摘を受けた。

昨日夕食にグラタンを作っていたら、父子家庭だった頃、娘と並んでキッチンに立っていた場面をふと思い出した。

 

父子家庭の僕は仕事帰りに、幼稚園の延長保育から息子(当時3歳)を連れて自宅に戻り、娘は僕の帰りを宿題を片付けながら待っているような毎日だった。
娘は当時小学校1年生。今だと、小学生一人でお留守番させるなんて危険極まりない状況なのかも知れないが、僕の地元はかなりの田舎なので、何かあったらご近所さんに助けを求めることができるような、そんな環境だった。
なので鍵っ子でもそれほど心配するようなことはなかった。

その日も、僕が帰り着くと、待っていたかのように娘は今日学校であった出来事をお話してくれていた。3歳の息子に着替えをさせ、洗濯物をもって歩く僕の後を、付け回しながら僕への報告を娘は続けていた。

「グラタンが食べたいなぁ」

出勤前に干しておいた洗濯物を取り込んで畳む僕に、娘は夕飯をリクエストする。
そんな娘に同調するように、

「僕も僕も」

と、3歳の息子も返えす。

子供らのリクエストに応えようと思うけど、ここ数日は仕事がかなり忙しく疲れもピークだった。それでも子供らには食べていと思うものを作ってあげたいと思う。
そこで僕は、ストックしておいたレトルトのグラタンを取り出し、それでグラタンを作り出した。

そんな僕に、

「ねえ父(僕は娘から父ちちと呼ばれている)」
「最近手抜きし過ぎじゃない?」

当時7歳だった娘がそんな指摘をしてきた。

基本的に僕はレトルト食品はあまり使わない。冷蔵庫の中に冷凍食品の用意もない。グラタンにしても、いつもならホワイトソースから作っていた。
だから、娘からすれば、それは随分な手抜きだと感じたんだろうな。

「今日は疲れているから、勘弁してよ」

娘に許しを請いながら僕はレトルトのホワイトソースを鍋に開けて火をかけた。
そんな思い出。

 

キッチンで一人ホワイトソースを作りながら、そんな昔のことを思い出した。
今はレトルト食品を使ってもそんなダメ出しをされることはないけれど、食事ってやっぱり自分のためじゃなく、

 

誰かのために作るってことが、張り合いになっていたんだろうな。

 

手抜きは何のためにするのか、誰のためにするのか。

僕はもともと、料理は好きだったし得意でもあった。
高校の頃は、夕食後の片付けや洗い物は、修行のつもりで毎日やっていた。そんなこともあったし、大学生の4年間も自炊していたから、比較的に家事能力も高めだったのかも知れない。
結婚していた時も、別れた妻と家事は分担制でやっていたから、培った家事能力が失われてしまうこともなかったわけだ。

だから父子家庭になったときに、家事や料理で困ることはそれほどなかったと思う。

ただ、毎日のことだし、仕事で疲れてしまったり、残業があって食事を作る時間がなかったりすることも少なくはなかった。一人でそれをこなすには、やはり限界がある。
外食しようにも、飲食店もそんなに多くはなかったし、その頃は僕らの住んでいる街には、ファミレスなんてのも1軒もなかった。だから疲れて帰ってきても、帰りが遅くなってしまっても、家で夕食を作るしかなかったわけだ。

しかし、小学校1年生のわが娘は意外に厳しかった。疲れていても、僕の手抜き料理をなかなか許してはくれなかったのだ。でもね、キッチンに立って一緒に料理をしている娘の顔をみると、美味しいものを食べさせたいと思っちゃうんだよね。

でも僕が手抜きを極力避けて頑張ったのは、ある意味変な意地だったのかも。「男親が育てたから料理も出来ない」なんて言われることがないように、娘を育てたかったという、単なるエゴだったのかも知れないと思ったりする。

手抜きばかりじゃいけないけれど、日常的な家事や毎日の料理、子育てには、手抜きをすることは必要なことだと思う。それは、自分を甘やかすことじゃなく、日常の疲れを取り、心や身体にゆとりをもって子供らと過ごすことへの大事な手段の一つだと考えるわけです。

手抜きによって生まれる時間が、

 

きっと、子供らと楽しい時間に変わるはず。

 

 

 

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