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誰かに愛されるなんて必要ないと思っていたけど、本音は愛されたかったのかのかも。

回顧録

話し相手を探していた僕は、ネットの中にその仲間を見つけた。

子供らが寝静まると、僕はパソコンを開くことが日課になっていた。その日にあった子供らの出来事を話したり、聞いたり。もちろん掲示板だから文字での会話だったけれどね。
そうこうしているうちに、僕はその掲示板の中に新しいトピが開設されているのに気が付いた。

出来立てほやほやの訪問者のいないそのトピは、まるで僕を誘っているかのように思えた。

子供らと一緒に夕食を済ませる。その日はどうしても仕上げなくてはならない仕事があった。食事が終わると、僕は子供らをお風呂に入れ、桜に残業のため再出勤するからと伝えた。もう何度も再出勤することがあったので、桜は手馴れたもの。

「大丈夫、幹のことは任せて」

弟想いの娘に背中を押され、僕は度々残業のための再出勤することも出来るようになっていた。四年生になった娘は頼もしい。職場はそれほど離れていなかったから、何かあったらいつでも帰れる状況で再出勤はしていた。
桜に夜更かししないことと、戸締りをお願いして、

それから僕は掲示板のできたてのトピにレスをいれて家を出た。

 

「子供らに留守番をお願いして今から再出勤です。行ってきます。」

と。

 

 

 

疲れて帰った僕を癒してくれたのは、子供らの寝顔と数文字の言葉。

その夜、僕は午前様で帰宅した。玄関を入ると、真っ先に子供らの寝室へと足を運ぶ。桜も幹もすやすやと寝息を立ててねている。

「ただいま」

僕は二人の寝顔を確認して一安心。ぐっすり寝入っている二人の髪を撫でながら小さく囁く。
シャワーを浴びて、冷蔵庫から缶ビールを取り出す。
髪を拭きながら、僕は掲示板のコメントを残したトピを覗いてみた。

掲示板には、トピ主からの返事があった。

「おつかれさま」「頑張って」

なんか、「頑張って」なんて言葉、久しぶりに聞いたような気がした。
何だか嬉しくなって、疲れた僕はその言葉で少しだけ癒された気分になった。

「ただいま」
「疲れたので寝ます」

 

缶ビールを飲みほした僕は、

子供ら二人の布団の間に潜り込んだ。

 

「愛を下さい」僕は素直にそう思った。

それから僕は、そのトピで会話(文字ですけどね)するのが日課になっていた。そのトピの訪問者第一号となった僕とトピ主とのネットを通した文字の会話は続いていった。
お互いにバツイチで子供あり。子供の年代も近かった。共通の話題、共通の悩み、苦労話、愚痴。
話しは尽きなかった。

いつしか僕は、このトピ主に強い興味を引かれている自分に気づいた。

でも、わかっていた。どんなに興味を抱いても素性も知れない相手だし、トピ主にすれば、ただのネット上の話し相手でしかない。好きになっても、馬鹿らしいだけだと。
そのうち、そのトピにはたくさんの仲間もできて、掲示板の中のカテゴリの中では常に上位をキープするほど賑わいを見せるようになっていった。

メンバーは多い時で十数人が集まり、会話を楽しんでいた。時間帯によって出たり入ったり。いつもくるメンバーがこないと、子供が病気でもしたんじゃないかと、他のメンバーが心配したり。今でも覚えているのは「ちくりんさん」「りゅうさん」二人には実際に会って一緒に飲みにいきましたね。

あるとき、何の話題からだったか忘れてしまいましたが、何か欲しいものがありますか?
と、トピ主から質問が出されました。
メンバーはそれぞれ、自分の欲しいものを並べていました。「車」だったり「バイク」だったり「新しいパソコン」だったり、「家」とか「土地」とか「お金」とかね。

そのころ「ZOO」と言う曲がヒットしていてね。
(ちなみに僕の場合、この「ZOO」という曲は菅野美穂ではなくエコーズの世代だ)
僕はついつい、

「愛を下さい」

と、返事をしてしまいました。
誰かからもらう愛なんてもう必要ないと思っていたのに、愛は子供らだけに注げばいいと考えていたのに、本当は心のどこかで欲しいと思っていたのだろう。トピ主からの質問に、素直にそんな答えが出ていました。

それから暫く待っていたが、トピ主からの返事はなかった。

やっぱりな。

馬鹿な回答しなきゃよかったよ。場の空気が読めないような僕の答え。
せっかく、楽しく会話できてたのに、場の雰囲気を考えて返事を返せばよかったと後悔する僕。少し自己嫌悪に陥ってしまった。立ち上がれない。

「もう、寝よ」

そう思ったときとき、トピ主から僕に直メール(PCのフリーメールのことです)がきた。
回線の混雑で何度トライしてもレスが返せなかったらしく、慌てて直メール(PCのフリーメールのことです)してきたらしい。
文末には、

「私の愛でよければ、いくらでも差し上げてよ」

と追記してあった。

 

社交辞令にしてもうれしい返事だった。

 

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