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幼い頃に歌ってもらった子守歌をあなたは思い出すことがありますか?

回顧録

子供らが巣立ったときに、僕は「子育て」という仕事の終わりをを実感した。

子供らが社会人になってしまった頃に、
自分の「子育て」という仕事が終わったことを実感した。
もう親として何も口を出すこともなくなる。
時々子供らから頼まれたり、相談されることに、少し乗ってあげることくらいになった。

よちよち歩いて俺のあとを追いかけていた子供らも、自分の意思と考えを持ち、対等の意見も発言するようになった。

長いようで本当に短かった子育て期間だったな。
なんて感慨に耽ったことを思い出す。

でもこの歳になると、
涼しさの増す秋のこの時期には色々と考えさせられることが一杯だ。

この子供らがどれほど成長するまで僕は生きていられるのかな。
なんていう、重い思考や。
この子らの孫を抱く日が待ち遠しいな(もう孫も小学校2年生になってしまったけれど)。
なんて、ジジ臭い思考。

そして、
いつになったら僕は心から幸せだと感じることができるのだろうか。
とか、ね。

 

僕は「幸せ」と心から感じることができるのかな?

 

僕は子供らに残すことが出来たのだろうか、おやじの子守歌を。

父親が子供に接する時間なんて子供らの人生の中でホンの僅かな時間でしかない。
「今しか出来ない、今だけしか出来ない」
そう思いながら、僕は自分の空いた時間はなるべく子供らと過ごす時間に当ててきた。

でも、 その時間も子供らの成長とともに敬遠されていく。
子供らは僕との時間より、友人との時間を楽しむようになり、そして自分の時間を楽しむようになっていく。

果たして、僕は子供らの中に父親として何を残せているのだろうか?

子供らがもっと大人になり、親になったときに、
僕が子供らと接してきた時間が、僕が一緒になって楽しんできた時間が、子供らの中によみがえってくれるのだろうか?

「お月さま こんばんは 銀の舟 小船
ギッコロギッコロ漕いで 夢のお国へ参りましょう」

僕が小さかった頃、おやじの背中で聞いていた子守唄を思い出す。
昭和一桁の父親だったのに、僕のおやじは恥ずかしげもなく僕を背中に背負っていつも僕に子守歌を聞かせてくれた。

子供を背中に背負ったときに、不思議と幼い日に聞いた子守歌が記憶に蘇ってきた。

僕もそんなおやじを真似して、同じ歌を子供らに聞かせてきた。

「お月さま こんばんは 銀の舟 小船
ギッコロギッコロ漕いで 夢のお国へ参りましょう」

僕の子供らもいつか、
僕が聞かせたこの唄を「おやじの子守歌」だったって思い出して、

自分の子供らに歌って聞かせてあげる日が来るのだろうか?

 

そんな姿を見れば、

もしかしたら僕も「幸せ」を感じることが出来るのだろうか?

 

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