幼い子供らは辛い現実に堪えながら、僕を気遣ってくれていた。

回顧録

母親が出て行っても、何も変わらない長男に不安を感じる。

長男の幹は、離婚した当時は幼稚園年少さんでした。たぶんこの年齢の子供なら母親べったりで、突然母親がいなくなったりしたら、泣きじゃくったりするんじゃないかと思うけれど、この子は全く違っていた。

母親がいなくなったにもかかわらず、何も聞いてこない。まるで初めから母親なんていなかったかと思うように、僕との会話の中でも、お姉ちゃんの桜との会話の中でも、ひと言も話題にあげなかった。

我が息子なのに不思議な男だと思う。

 

理想の父子家庭を目指していたけど、理想の父子家庭ってどんなんだろう。
母親の存在を消し去ってしまったかのような子供らの姿。 母親が出ていったのに、そのことに全く触れなかった子供ら。 たぶん僕に言いたいことはいっぱいあったと思う。聞きたいこともいっぱいあったかと思う。 でも、長女は母親が出ていったこと...

 

3歳という幼い時期に「父子家庭」という経験をさせてしまい、何か長男の成長に悪影響を及ぼさないか心配もあったし、僕は長女が幼稚園の頃、父兄会の役員もしていたから幼稚園の先生たちとも比較的交流があったので、幼稚園での幹の様子に注意を払ってくれるようにお願いをしていた。

子供らが通っていた幼稚園は、延長保育の制度があって、通常幼稚園は午後3時頃に終演して帰宅となるが、ここの幼稚園はその後の時間を最長で午後7時まで預かってくれるのだ。カトリック系の幼稚園で、隣に教会があって、延長保育の園児たちは教会の中の一室(保育室のような部屋)で過ごしていた。
もちろん料金はかかってしまうけれど、保育園よりも長く(僕の地元の保育園は午後6時までとなっていた)預かってくれるので、僕のような父子家庭や母子家庭、共働きの親にとってはすごくいい幼稚園だった。

先生方も気にかけて様子を見てくれていたけど幼稚園でも、彼の態度は全く変わらないようだった。

「幹くんち本当に離婚しちゃったんですか?」

幼稚園の先生も幹の様子に何の変化もないことに、驚いていた。
逆に変わらないことの方が、

 

性格的な問題なんじゃないかと心配するほどだった。

 

長男の発した言葉に、僕は思わず目頭が熱くなってしまった。

長女の桜は幹の面倒をよく見てくれた。
仕事で夕食が遅れるときとか、僕が食事を作ってる間に待ちくたびれて、幹が寝入ってしまうことがあったから、桜は幹が寝てしまわないように、絵本を読み聴かせてくれたり、一緒にお絵かきしたり。

いつもは三人で風呂に入るが、その日は桜が先にお風呂を済ませてしまっていたから、幹と二人だけで風呂に入っていた。

「おーさん、あしたのおべんとは、たまごやきいれて」

風呂に入りながら幼稚園での出来事や翌日のお弁当のリクエストを聞いたり、次の休みの日に遊びに行きたいところを聞いたり。ゆっくり話しができるから、子供らとの風呂は楽しい時間の一つだった。

幹と二人きりになったので、僕は母親が出て入ったことをどう思っているのか、恐る恐る聞いてみた。
そしたら、

「とーさんのいないところで、おねーちゃんは、いっぱいないてた」
「でも、ぼくはなかない。ないたらとーさんがこまるって、おねーちゃんがいってた」
「ぼくは、とーさんとおねーちゃんがいるから、なかないよ」

その言葉を聞いて、涙が溢れそうになった。
7歳と3歳の幼い子供らが、本当は辛い現実を必死に受け入れようとしていてくれたこと。
僕のことをこんなにも気遣ってくれていたこと。

僕は湯船のお湯で顔を洗うふりをして、涙を隠した。

 

僕は子供らをもっともっと、
それこそ二人が嫌がるくらい愛してやろうと思った。

 

 

コメント

  1. milkey より:

    幹くんも、桜ちゃんも、とてもパパ想いですね。読んでいて涙が止まりませんでした。

  2. ひでじ ひでじ より:

    milkeyさん、こんばんは。

    そんな優しい子供らだったのに、今では僕を虐げるんですよ(笑