仕事への責任と子供らの父親としての責任の狭間で揺れてんだよ。

回顧録

父子家庭になって、僕は出張を1年間断り続けた。

父子家庭になって、困ったのは仕事での出張。

離婚しても、別れた妻は仕事していたので扶養に入ってなかったから、特に職場に届けることもない。
「離婚しました」なんて、改まって報告をする必要もないので、普段と変わりなく勤務していたけれど、僕は業務で月に1回、少なくても2か月に1回は、出張に出なければならなかった。

これは、まいったよ。

まさか子供ら二人を残して遠方へしかも泊りがけで行けるわけはない。
上司に相談して代理を選出してもらったが、その頃は大事なプロジェクトを任されていた時だったから、どうしても僕が行かなきゃならない場合もある。

それでも僕は代理をお願いし続けた。

もしかしたら、子供を預けてでも仕事を優先しろと言うのが、男の社会なのかも知れない。たぶん僕が父子家庭を経験していない男で、部下にそんな相談をされたら、間違いなく「仕事を優先しろ」と、そう言っただろう。

上司には、もちろんそう言われた。

それでも僕は頑なに出張を拒んで、代理でプロジェクトを進めることを選んだ。出世なんて元から興味なかったけれど、出世の道は確実に閉ざされた。
でもね、僕は出世のために仕事をしている訳じゃなかったし、自分のため、そして子供らの生活のために仕事をしている訳だからと、上司を納得させた。最悪の場合は仕事を辞める覚悟さえあった。

僕がやらなくても僕の仕事は、代理を立てれば誰でもこなすことが出来る。
けれど僕の子供らの父親は、僕以外の誰にもこなすことは出来ないし、代理なんて立てられない。

 

その後も1年ほど僕は出張を拒み続けた。

 

まだ若かった僕は、自信過剰なくらいに自信過剰だった。

仕事より家庭を優先する僕の会社での評価はかなり落ちた。
たぶん、落ちるほど高い評価でもなかったけどね。

でも僕はまだ若く「自分は仕事ができる男」だなんて自信過剰な性格だったから、たとえ、今の会社を辞めても、すぐに次の仕事を見つけることくらい難なくできるはずだという自信があった。
そんな自信過剰なところがあったから、上司からの出張命令を簡単に拒んでしまえたのだろう。

バブルも弾けたあとで、就職氷河期といわれていたそんな時代背景の中で、

「若気の至り」とは怖いものだと、いまは思う。

残業も必要最低限でしかやらなくなったし、職場の飲み会の出席率も激減した。
それでも、職場の仲間からは協力してもらえるようになってきたし、上司も僕の家庭優先の働き方に徐々に理解を示すようになってくれたんだ。

 

若い時って怖いものなしだね。

 

父子家庭の家庭優先の働き方は、職場の理解がないと難しい。

僕が勤めていた会社は、まだ父子家庭や母子家庭のひとり親社員について理解がある会社だったけれど、そんな風に仕事より家庭を優先する働き方が、難しいということは経験して初めてわかる。

仕事に対する責任感がないわけじゃない。ただ、それよりも優先せざるを得ない家庭のことがある。
僕は比較的いい加減な性格だから、さほど悩むこともなく、子供らや家庭を優先する働き方の選択肢を選んだし、そんな働き方が許される職場だったからよかったのかも知れない。

きっと、その家庭と仕事のバランスが取れなかったり、取りづらくて負担を抱えたり、悩みこんだりするひとり親は少なくないだろう。

子供らとの生活を維持するためには、経済的な基盤が不可欠で、それにはしっかりとした仕事を続ける必要がある。だけど、仕事よりも優先しなきゃいけないことがあって、それを一人で担わなければならないというストレスや負担が、母子家庭、父子家庭には、夫婦が揃っている家庭よりも大きく圧し掛かっているんだ。

母子家庭や父子家庭のひとり親の会社員でも、しっかりと責任感をもって勤めているし、中途半端な気持ちで仕事をしている訳じゃない。そして、その範疇において、しっかりと仕事をこなし成果を出しているはず。
ただ、優先順位が仕事よりも子供たちであるということを、どんな場合でも曲げられないってだけなんだよね。

 

すみません。

僕は中途半端に仕事してました。

 

 

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