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時間の流れは決して同じではない。楽しい時間はより早く流れていくんだ。

回顧録

30歳を過ぎたおやじが、堂々と手を繋いで女性と歩けるなんて。

せっかくの時間がもったいなから、ディズニーランドに入ろうという僕に、

「うん!」

彼女は微笑んで、僕に手を伸ばした。
僕は彼女の手を取って、ディズニーランドの門を2人でくぐった。
まさか、30歳を過ぎて、こんな風に堂々と女性と手を繋いで歩けるなんて思ってもみなかった。

久しぶりのディズニーランドは僕の知らないアトラクションばかりだった。

彼女と手を握り歩く。
こんなふうに女性とデートしたことはそんなにない。
何だか、10歳くらい若返ってしまったようで、新鮮でちょっと恥ずかしい気分だった。

彼女は俺の手をしっかり握りしめ、少しでも離れると、

「ちゃんと、握っててちょうだい」

と俺にクレームをつける。
そして時折、

「煙草は?」
「喫煙所は向こうだよ」

と、ヘビースモーカーの俺を気遣う彼女(いや、彼女もヘビースモーカーなので彼女自身も煙草を吸いたかったからなのかもしれないが)。

 

人混みが苦手の僕は、

ずっと彼女に引っ張りまわされてた。

 

楽しい時間って、普段の時間よりもすごく早く流れていくものなのだ。

彼女に手を引かれ、足が棒になるくらいにディズニーランドの中を歩き回った。
時間の流れってこんなに速く過ぎて行くものなんだろうか?
僕は時間の流れが一定ではないことをこのとき初めて実感したんだ。

陽が傾き、段々と周囲が薄暗くなっていく。
さっきまで楽しそうに笑っていた彼女の表情が、何となく陰っている風に見えたのは、僕の自惚れなのだろうか?

そして、パレードも終わり僕と彼女は、ライトアップされたシンデレラ城を背景にディズニーランドの門を出た。
僕は門を入るときよりも強く彼女の手を握りしめていた。
そして彼女もそれに応えるように強く握り返してくれる。

繋いだ手を離したくないと、僕は思っていた。

「観覧車 回れよ回れ思い出は 君には一日 我には一生」

 


これは栗木京子さんの短歌である。たぶん中学校の国語の教科書にも掲載されていたから、ご存知の方も多いかもしれない。この短歌は、大切な人と乗った観覧車が止まることなく回り続けて二人のこの時間が続いて欲しいという願いと、あなたにはたった一日の思い出でしょうが私には一生の思い出となるでしょうという気持ちが表現されています。

観覧車には乗らなかったけれど、そのときの僕の胸中は、この短歌と同じようなものだったと思います。

 

そんな僕に、果たして、彼女からどんな返事がもらえるのだろうか?
少しうつむき加減の彼女。
そして、途切れた緊張が再び盛り返しはじめた僕。

二人ともしっかりと手を握り締めながら、

 

駐車場への道を無言で歩きはじめた。

 

車に戻った彼女は急に口数が少なくなっていた。

僕と彼女は駐車場に停めてある彼女の車に戻り、車内に入る。

「楽しかったね」

僕は急に口数が少なくなった彼女に、無理に笑って尋ねてみた。

「うん…」

うつむいた顔で答える彼女。
何となく、暗い感じの彼女の横顔。

「これはどうやら、駄目みたいな感じだな」

と僕は思った。
きっと彼女は、せっかく遠くから会いに来てくれた僕に、握手でさよならなんて悪いな、なんて思っているんだろう。わざわざ足を運んでくれた僕にさよならする罪悪感を感じているのだろうと。

静かで重苦しい雰囲気に二人とも黙ったままだった。

デート中はけっこう楽しそうにしていたんだけどな。
すっかり「ごめんなさい」の返事を確信し諦めを決心した俺は、緊張の糸が途切れてしまったのか、それからいろんな話しをした。

離婚のこと、子供のこと、今までの生活(の一部)、それは今まで掲示板やメッセンジャーでやり取りしてきた会話と同じ内容であったかもしれない。

それを文字として伝えるか、言葉そして伝えるかの違いくらいしかなかった。

 

彼女は僕の話を、

静かに聞いていた。

 

 

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